デス・オーバチュア
第173話「森の女王様と闇の魔女」





ハーティアの森。
グリーンの領地でもっとも多くの面積を占める、人間でない存在が住まう森だ。
数千年前に起きた、ルーヴェ帝国最後の皇帝による大虐殺の結果、エルフを始めとする妖精族はこの森にしかもはや存在しない。
彼女達にとってこの森は最後の逃げ場、安住の地なのだ。
その安住の地を守るため、強力な結界が張られており、片手の指で数えられる程度のほんの僅かな例外を除き、『外』の世界の者が『中』……真のハーティアの森に足を踏み入れることは不可能である。
今、そのほんの僅かな例外が真のハーティアの森へと一歩足を踏み入れた。
真のハーティアの森に住む妖精族達と交流を持つ例外の少女フローラ・ライブ・ハイオールドと、他でもないこの森の中で眠っていた守護人形バーデュアである。
「OH! ハーティアよ、MEは帰ってきたネ!」
久しぶりの帰郷に、バーデュアはいつも以上に陽気ハイテンションだった。
「ふん、胡散臭い人形だ……じゃあ、僕はこれで……」
先頭を歩いていた黒髪の少年ノワールは一度足を止めると、フローラ達から離れるように一人横道に歩き出す。
「じゃあ、また後でですの、『門番』さん」
フローラはバイバイといった感じで右手をブンブンと振った。
「ふん……」
ノワールはそれに対して一瞥しただけで、手を振り返すこともなく、そのまま森の横道へ消えていこうとする。
「お持ちなさい、ノワール」
凛とした女の声がノワールを引き留めた。
「ちっ……」
「フローライト! お久しぶりですの」
「AH、さっそく出たネ」
森の奥から一人の少女が姿を現す。
一見、フローラよりも幼そうに見える、『人間で言えば』十二歳ぐらいの少女……彼女の両耳は細長く鋭く尖っていた。
深緑色(エメラルドグリーン)の長いリボンで一本に束ねられた、膝元まである長い黄金の髪。
彼女の瞳は右は青玉(サファイア)、左は紅玉(ルビー)の輝きを放っていた。
纏っているのは、鬱金色で縁取られた純白のコート。
コートはしっかりと閉じられていて、胸元には大きなフローレスエメラルド(無傷の翠石)が埋め込まれたブローチが輝いていた。
下半身は黒のタイツ、両手には黒の長手袋と、彼女は首から下の一切の肌を露出させていない。
見るからにカラフルでブリリアントな外観の少女だった。
「ええ、お久しぶりね、フローラ。お帰りなさい、バーデュア。ハーティアの森へ、ようこそ」
フローライトと呼ばれた少女は、外観に相応しい鮮やかな笑みで、二人を歓迎する。
「HAHAHA、相変わらずクィーンは輝いているネ」
「クィーンはやめてと言っているでしょう、バーデュア。私は王でもなんでもないんだから……でも、どうしても尊敬を込めて称号で呼びたいなら、プリンセスとでも呼んで頂戴」
「HAHAHA、フローライトは怖いからお姫様より女王様の方がお似合い……ネィッ!?」
フローライトは笑顔のまま、いきなりバーデュアの頬を平手打ちした。
「ひっぱたたかれたいの、バーデュア?」
「もう叩かれたネ!」
「次は鞭でしばくわよ。いいかげん、口のきき方を学習しなさい」
「NOOOっ!」
バーデュアはフローライトから逃れるように、フローラの背後へと隠れる。
「あいかわらずですのね、フローライト」
フローラはとても楽しげに微笑んだ。
「当然よ。一ヶ月や二ヶ月なんて、私にとっては貴方の一日にも満たない時間だもの……ところで、ノワール」
フローライトは、呼び止められて、不快げな表情でその場に留まっているノワールに視線を移す。
「……僕に何か用かな、『女王様』?」
「皮肉を込めて女王なんて呼ばなくていいわ。それに、フローライト『様』でいいっていつも言っているでしょう」
「…………」
「そんなことより、貴方、しくじったわね」
「えっ?」
「まったく、できの悪い従僕(バレット)を持つと主人は苦労するわ……」
フローライトはわざとらしく溜息を吐いてみせた。
「何を言って……ちゃんと追い払っ……ん?」
ノワールは己の言葉を途中で止める。
「やっと気づいたみたいね、この無能従僕」
「ちっ!」
ノワールは舌打ちすると、フローラ達が今歩いてきた方向……森の『入口』を振り返った。
『やっと気づいたの? 道案内、ありがとうね、お兄ちゃん?』
誰も居なかったはずの空間に、一人の長い黒髪の幼い少女が出現する。
とても幼い……まだ九歳ぐらいの小さな女の子だった。
女の子は、白い縁取りの赤い温かそうなケープを羽織っている。
スカートもケープと同じ白縁の赤で、スカートから覗く足はハイソックスなのかタイツなのか解らないが、全て黒布で隠されていた。
両手には赤い手袋、足には赤い長靴、胸元にはケープを結ぶ赤い蝶型のリボン……そして、一番の特徴は、頭の上で蝶結びされた大きな赤いリボンである。
まるで、自分(少女)自身がプレゼントだとでも主張するかのような赤いリボンだった。
「まるでサンタクロースね」
フローライトが意味の解らない単語を呟く。
「何だ、それは?」
「さあ? どこの国で聞いた実話だか伝説だか忘れたけど、あの格好を見ていたらふと思い出したのよ、あんな格好をしたお爺さんの話をね。そんなことより、さっさとアレを片づけなさい、貴方の仕事よ、ノワール」
「僕に命令するな……言われなくても殺るさ」
ノワールは、ゆっくりとした足取りで、赤いリボンの女の子に歩み寄っていった。
「自己紹介するね。マリアはマリアルィーゼって言うの。お兄ちゃんのお名前は?」
パッチリとした赤い瞳を輝かせて、甘ったるい声で女の子は話しかけてくる。
「ノワールだ……君が何者か、何が目的かは別に言う必要もない。君の正体や目的に関係なく、ハーティアの森への侵入者は例外なく抹殺する……それが僕の役目だ……」
「ええ〜? そんなつれないこと言わないで……名乗らせてよ〜」
女の子……マリアが左腕の肘を内側に曲げ、左手の甲をノワールに見せつけるようにかざすと、薬指にされていた指輪の宝石が血のように赤く輝いた。
「何!?」
「ドレスアップ〜♪」
赤い輝きがその激しさを増し、赤き閃光がマリアの姿を完全に包み込む。
ビュンビュンと何かが激しく風を裂く音と共に、閃光が晴れ、衣装を一変させたマリアが姿を見せた。
黒のショートドレス、黒の長手袋、黒のニーソックス、黒のハイヒール……全ての衣装が黒に変わっている。
さらに、羽織る黒マントと、被っている赤いリボンが結びつけられた黒い三角帽子と、右手でビュンビュンと振り回している竹箒が……彼女の正体……職業をこれでもかと主張していた。
「……魔女?」
ノワールが何とも言えない表情で、少女の正体を口にする。
「改めて自己紹介するね。お兄……ザヴェーラ様に仕える闇の三魔族が一人、闇魔女(ダークウィッチ)のマリアルィーゼ! 今後ともよろしくね〜♪」
闇魔女マリアルィーゼは、名乗りをあげると、可愛くウィンクした。



「……兄上……僕はあなたの趣味を疑いますよ……」
ノワールは苦悩するように頭を抱えた。
こんな女の子を部下として傍に侍らせているなんて……ノワールの知っているかっての兄ザヴェーラからは想像もつかない。
「うう〜? 何かマリアを馬鹿にしている?」
マリアが可愛らしく頬を膨らませた。
ノワールは雑念を払うように頭を振ると、視線をマリアに向ける。
「……マリアルィーゼ……その名前、覚えがある……君がリーアベルトが言っていた三人のうち、気配の捉えられなかった三人目だね?」
ノワールは質問と言うより確認といった感じで尋ねた。
「うん、ずっと気配を完全に消してあの場に居たの。そうすれば、ノワールちゃん達の後をつけて、森の中に入れると思って……」
「……ノワールちゃん……その呼び方はやめろ……」
予想通りなマリアの解答よりも、その呼び名の方がノワールにとっては大問題である。
「ええ〜? でも、名前を知ったら、ちゃんと名前で呼ばなきゃ駄目って、お兄ちゃんに教わったし……」
マリアは、う〜んう〜んと困ったように唸った。
「……だから、ちゃん付けはやめてくれ……特別に呼び捨てにするのを許してやるから……いや、お願いだから、呼び捨てにしてくれ……」
ノワールは『お願い』までする。
それ程までに、ちゃん付けや、お兄ちゃんなどと呼ばれるのは嫌だった。
「でも、お兄ちゃんと呼ぶのは……マリアにとって本当のお兄ちゃんはザヴェーラ様だけだし……あ、でも、ノワールちゃんもお兄ちゃんでいいのかも?……お兄ちゃんの弟なんだし……ノワールお兄ちゃん……?」
マリアはノワールの言うことが聞こえていないのか、勝手に妙な方向に考えを纏めていく。
「……もういい……好きにしろ……何とでも好きに呼べばいい……」
「うん、じゃあ、やっぱノワールちゃんだね!」
「…………」
もういい……本当にどうでもいい……さっさとこの魔女は殺そう……ノワールはそう決断した。
「……で、兄上はやっぱり、僕の首でもお望みか? そのためにここに来たのではないのか?」
さっさと殺すことに決定したが、一応彼女の目的だけは聞いておくことにする。
「全然違うよ。お兄……ザヴェーラ様は、リアお姉ちゃんに言付けを頼んだだけで、マリア達三人には何の命令もしてないもん」
「……では、なぜ、君はここにいる? 君自身の意志か?」
「うん! 個人的に一度ここには来たかったんだ……だって、獲物がいっぱい居るんだもん〜♪」
マリアはとても無邪気な笑顔を浮かべた。
「獲物だと?」」
「そう! 魔法薬の材料になるレアな妖精族達がいっぱい居るんでしょう?」
「…………」
マリアの発言に、ノワールの眼差しが冷たく細まる。
「それに、噂だと……スーパーレアな獲物である天魔……」
「もう喋るな!」
マリアの言葉を遮るように、天から無数の剣の豪雨が轟音と共に降り注いだ。



「いきなりなんて酷いよ、ノワールちゃん」
マリアは派手な風切り音を起こしながら、己の頭上で竹箒を大回転させていた。
「まさか、その回転させた竹箒を傘代わりにして、僕の幻剣(ファントムブレード)を防いだとか言わないだろうね……」
ノワールは、幻剣の豪雨を受けながら無傷で立っているマリアに、冷たい眼差しを向けている。
「……駄目〜? 説得力ない?」
「ああ……下手な演出はよせ。僕の幻剣が直撃する直前、君の全身を限りなく透明に等しい光の幕が包むのが見えた……あれは魔族の言うところのエナジーバリアとかいうものだろう?」
マリアは竹箒を回転させるのをやめ、地にゆっくりと振り下ろした。
「なんだバレてたんだ。うん、確かにさっきの剣の雨を防いだのはエナジーバリア……下位中級魔族の生まれであるマリアには本来使えない力……」
「使えない力?」
「さて、じゃあ今度はマリアのターンだね。行くよ、ノワールちゃん〜♪」
マリアは竹箒を両手で握り直すと、竹箒の竹の枝の束ねられていない方の先端をノワールに向けて突き出す。
「ターン? ゲームじゃな……」
「Bang! Bang!」
マリアの声と同時に、竹箒の先端から、100センチ程の黒い光の弾丸が二発連続で発射された。
「何? くっ!」
ノワールが素手の両手を振ると、光弾が左右に弾き飛ばされる。
「子供騙しを……」
「撃滅〜!」
いつのまにかノワールの頭上に移動していたマリアが、竹箒を思いっきり振り下ろしてきた。
「ちっ!」
竹箒の竹枝の束にされた部分が、見えない何かにぶつかったように、ノワールの脳天の直前で轟音と共に停止する。
「へぇ〜、見えない盾?……剣?……を使うんだ、面白い〜」
マリアはもう一度、竹箒を見えない剣があるらしき空間に叩きつけると、今度はその反動を利用して空高く飛び上がった。
そして、魔女らしく竹箒にまたがると、空中に浮いたまま停止する。
「……まあ、魔女が箒で飛ぶのはある意味当然か……だが、それではただの的だっ!」
ノワールは空中のマリアに向けて、無数の幻剣を解き放った。
「マジカル……」
マリアのまたがる竹箒の先端に物凄い勢いで黒い光が集まっていく。
「バスター!!!」
竹箒の先端から放射された爆流のごとき黒光が、幻剣を全て呑み尽くした。
黒光はそのままノワールに迫る。
「ちっ!」
黒光はノワールを呑み込みと、大地に激突して黒い閃光の大爆発を起こした。
「あははーっ、もう殺っちゃったの? 弱すぎてつまんないよ〜」
「それは悪かったね」
「ふぇっ?」
ノワールがマリアの頭上に出現すると同時に、彼女の乗っていた竹箒が三つに切り裂かれて崩壊する。
「ふぇぇぇぇ〜っ!?」
「魔女よ、地に堕ちよ!」
竹箒を失い地上に落下していくマリアに、幻剣の豪雨が叩き込まれた。
幻剣の豪雨に呑み込まれようにして、マリアが大地に叩きつけられる。
隕石が落下したかのように、大地が爆発し、大量の土塊と土煙が舞い上がった。
「ふん」
ノワールは両手を組んで眼下を見下ろしながら、マリアが落下したはずの場所にさらなる幻剣の豪雨を降らせる。
例え、マリアがエナジーバリアを張っていたとしても、力ずく押し切り叩き潰す……そういった想いを込めた幻剣の豪雨の連射だった。
「おやめなさい、ノワール。これ以上、私の森を傷つけることは許さないわ」
数秒後、幻剣の豪雨の巻き起こす土煙で何も見えなくなっている地上から、フローライトの凛とした声が距離を無視してハッキリと聞こえてくる。
「ちっ……」
舌打ちしながらも、ノワールは幻剣の豪雨の連射をやめた。
土煙がゆっくりと晴れていき、無惨に地形を変えた大地が姿を見せ始める。
「……ふう、危なかった……もう少しで押し切られるところだったよ」
その荒れ果てた大地に、マントがボロボロになって体中薄汚れてこそいるものの……依然として、無傷な闇魔女マリアルィーゼが立っていた。














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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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